松江地方裁判所益田支部 昭和41年(タ)7号 判決 1969年4月25日
原告 山田弘
右法定代理人親権者母 山田花子
被告 中田一郎
右訴訟代理人弁護士 草光義質
主文
原告が被告の子であることを認知する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
先ず原告が本訴において当事者としての適格を有するか否かについて検討する。≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。即ち、原告法定代理人山田花子は訴外加藤信一と昭和二七年九月二二日に婚姻し、右婚姻中の昭和三二年一二月二四日原告を分娩し、原告は右訴外人と花子の嫡出子として届出られていたのであるが、右訴外人は昭和四一年松江家庭裁判所益田支部に親子関係不存在確認の調停を申立て、同調停において合意が成立したので、同裁判所は家事審判法第二三条にもとづき、右訴外人と原告との間に父子関係のないことを確認する旨の合意に相当する審判を行ない、同審判は法定の期間内に異議申立のないまま確定し、戸籍上も原告の父としての同訴外人の記載が抹消された。
そこで、右認定の事実のもとにおいて原告に本訴の当事者適格があるかが問題となるわけであるが、当裁判所は、原告は本件において、被告に対し父であることの認知を求める適格を有するものと解する。なるほど前示父子関係不存在確認の審判については種々の異論が考えられるとしても、その当否はさておき、ひとたび調停において父子関係が存在しないことの合意がなされ、これに相当する審判が行なわれて、法定の期間内に異議の申立がなされなかった場合には、もはやその後になって審判の効力を何人も争うことはできず、本件についてみれば、右審判が確定した限り右訴外人と原告との父子関係が否定されてしまっているから、以後原告は嫡出の推定をうける嫡出子たるの身分を有せず、父のないことを前提として被告に対し、認知の請求をなしうる当事者たるの適格を有するものといわなければならない。けだし、家事審判法第二五条第三項は、調停における合意に相当する審判がなされた場合において、二週間内に異議の申立がないときは、その審判は確定判決と同一の効力を有すると規定しているのであって、通常家事審判法にもとづく審判には既判力がないと考えられてはいるけれども、同法第二三条に規定する審判に限り、前記第二五条第三項の規定および同法第二三条に規定する審判事項はいずれも本来人事訴訟手続の対象となるべきものである点に鑑み、当然既判力を有し、かつかかる審判は人事訴訟手続法第三二条第一項、第一八条により、第三者に対してもその効力を有するから審判が確定した場合においては、親子関係事件の特殊性を考慮に入れても、少くとも出訴期間その他の審判の手続面での瑕疵に関してはその当否を争うことはできないものというべきだからである。
なお、被告は子の嫡出性の否認のごとく、実体法にその出訴期間の制限が規定されている場合には、人事訴訟手続によってのみ否認権が行使できるのであって、家事審判手続によってはこれを行なうことができないから、本件の前提となった審判は審判事項となっていない事件についてなされたもので何ら効力はないと主張するが、右は独自の見解であって当裁判所のとるところでなくまた、家事審判法第二三条によって嫡出性の否認に関する審判が行なわれる場合であっても、当然民法第七七四条以下の制限はうけるものと解すべきである。
そこで本案について判断するに、≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。即ち、原告法定代理人山田花子は昭和二七年九月二二日訴外加藤信一と婚姻し、以来○○県○○郡○○町大字○○○○○○番地に居住して夫婦生活を続けていたところ右訴外人はその耕作していた田畑が流失したため、昭和三一年一一月頃から単身で同所から約四キロメートル離れた同町大字○○○○○○番地に移住して農業を営むにいたった。このため、右訴外人は月に二、三回程度右花子のところに食料品を手渡すために訪れるくらいで、右訴外人の年齢の問題もあって、右両者の夫婦関係は杜絶するにいたった。被告は右訴外人の妹を妻としており花子とも知り合いの間柄であったが、昭和三二年三月末、前叙花子の居宅を訪れた際花子と情交を結んだ。花子は同年四月一五日頃が次回の月経開始予定日であったが、右予定日に月経が開始することなく、同年五月に入って姙娠したことに気付くにいたった。その頃被告は再び右花子方を訪れたが、その際花子が被告に姙娠の事実を告げたところ、被告は、出生した子については被告が面倒をみるから心配するなと告げた。昭和三二年一二月二四日花子は原告を出産したが、その後、被告は原告に菓子を買い与えて愛情を示し、花子に原告のことをたのむと述べたこともあった。更に遺伝学上の所見によれば、原告と被告とは血液型検査ABC、MNおよびRhのいずれの型においても父子として認めるに背馳なく、指紋、掌紋、足紋、趾紋等の皮膚隆線系についても、原告とは母である山田花子よりも被告により多くの共通点が見出されまた身体外貌の特徴については、原告と被告とには生き写しといえる程の酷似点が存在する。一方原告出生当時右花子の夫であった訴外加藤信一とは、血液型検査Rh型について遺伝学上父子の可能性がなく、また指紋、掌紋、足紋、趾紋および身体、顔貌についても何らの共通点も見出せない。
≪証拠判断省略≫もっとも、≪証拠省略≫によれば、訴外加藤信一が○○県○○郡○○町大字○○○○○○番地から同大字○○○番地に転出したのは昭和三四年一一月九日であり、また同地付近で田地を買い求めたのも、昭和三三年四月一〇日である旨の記載があるけれども、証人加藤信一の証言と対比するとき右証拠をもって、直ちに右訴外人の事実上の転出が右記載の日に行なわれたと認定することはできないものといわなければならない。
以上認定の事実からすれば、特段の事情のない限り原告は被告の子であると推認するのが相当である。
したがって、原告が被告の子であることの認知を求める本訴請求は正当で理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 元木伸)